かむ力とバランス 歯をグッ、脳が骨格筋動かす(2014/2/4朝日新聞)

(科学の扉)かむ力とバランス 歯をグッ、脳が骨格筋動かす

20142305時00分 朝日新聞

 

かむ力とバランス

 まもなく開幕する「ソチ五輪」。チーム・ジャパンの中には、「かむ科学」によるサポートを受けている選手がいる。かみ合わせを整えることで、身体バランスが向上するという。そのメカニズムとは――。

 ソチ五輪では、フリースタイルスキー・モーグルの遠藤尚西伸幸、星野純子の各選手がマウスピースをつけて挑むという。「2006年のトリノ大会以降、モーグルの代表選手の約半数がつけている。よい結果が出ていることも事実」。全日本スキー連盟の林辰男・フリースタイル部長はこう話す。

 導入のきっかけは、けがの予防だった。その前年の05年、代表チームの1人が海外合宿中、脳振盪(しんとう)を起こした。診察した外国人医師に聞かれた。「マウスピースはつけていたのか?」

 高校ラグビーでも外傷予防のため装着を義務づけている。かみ合わせがよくなり、頭に衝撃を受ける際、歯を強く食いしばることができる。その結果、首の筋肉の活動が高まり、頭部が安定する。脳振盪の予防と軽減につながるという可能性を示したデータがある。

 効果は外傷予防だけではない。「かむ力が均一になるよう調整したマウスピースで、パフォーマンスが向上する可能性がある」。日本オリンピック委員会強化スタッフで、スポーツドクターの石上恵一・東京歯科大教授(スポーツ歯学)は説明する。

 歯の根の末端部分には、脳神経の中で最大の三叉(さんさ)神経の終末(先端の細かい神経)がある。かむ筋肉(咬〈こう〉筋)を使ってかみ合わせると、圧力が歯を介して神経に達する。圧力が大きいほど脳に伝わる信号も大きくなる。

 脳には骨格筋の緊張に関与する細胞がある。「強い情報が伝われば、骨格筋を動かそうという指令が発信されやすい」と石上教授。逆に言うと、しっかりかめなかったり、かむ力が弱かったりすると、力を十分に発揮できるような情報が全身の筋肉に伝わらない、というわけだ。

 ■かみ合わせ調整

 力がうまく伝わらないと、身体のバランスにも影響する。

 石上教授らは、モーグル選手を含めたスポーツ選手と一般人を対象に、かみ合わせとバランス感覚の実験を試みた。バランスボードのような「重心動揺計」に立ってもらい、揺れ幅を計測した。

 その結果、スポーツ選手の中には揺れ幅が小さく、バランス感覚に優れた人がいたが、かみ合わせが悪いと総じて体の揺れ幅は大きかった。マウスピースを入れてかみ合わせを整えると、揺れ幅は小さくなった。

 福島・猪苗代で09年にあった世界選手権でも調査。代表選手の約9割にマウスピースを提供した。何人かを選んで、口の周りと足の筋肉にセンサーをつけて試走してもらった。空中を舞う「エア」の際はかみしめておらず、着地やコブ斜面を滑るときは断続的にかみしめていた。

 筋肉の活動量を示す筋電図の波形は、左右のかみ合わせが悪い選手ほど、筋肉の活動バランスも左右で異なっていた。マウスピースを使ってかみ合わせのバランスを整えると、かむ力、活動バランスともほぼ均等になった。石上教授は「マウスピースは、バランスを高める装置として有効だと考えることができる」と語る。

 ■リラックス効果

 かむ力で実際に競技力はアップするのだろうか。

 98年の長野五輪スピードスケート男子500メートルで金メダルを獲得した清水宏保さんは、マウスピースを装着して世界記録を更新したことがある。「確かにスタート時は力が入る。でも、力が必要なのは2、3歩まで。その後は呼吸の方が大事になります。僕は最終的には(装着を)やめました」

 競技にはそれぞれの特性がある。重量挙げや野球のバットスイングのように短時間に凝縮した力が求められたり、サッカーやマラソンのように持久力が必要だったりする。持久系の競技では酸素を取り込む「呼吸」が重要で、マウスピースはその妨げになりかねない。

 ただ、清水さんはかむ効果を実感していた。試合直前までガムをかむことでリラックスでき、のどの渇きも防いでいたという。石上教授は「刺激が脳に伝わり、筋肉が動きやすい状態にある。リラックスしつつ、体はアイドリング状態にあると言えます」と解説する。

 ソリ系競技でも効果がありそうだ。例えばリュージュ遠心力で頭部がふられる「首とられ」現象が生じ、タイムロスや事故につながることがある。かみしめることで頭部が安定し、予防効果が期待できるという。岩手医科大などの研究では、スタート時の腕の動きに合わせて口の周りの筋肉が収縮していた。ここでも「かむ力」が関係しているとみられる。(藤島真人)

 ■顎位の変化

 スピードスケートの左回りやフィギュアの左回転ジャンプ、野球の右投手など、幼少から同一方向に負荷をかけ続けると、あごの位置(顎〈がく〉位)がずれていくこともある。体のバランスが崩れ、腰痛など別の部位への影響も考えられるという。石上教授は「小さいころからバランスを考えて、かみ合わせを整えることが大事。笑顔の美しさも変わってきます」。

このニュースについて

このページは、Uクリニック竹内歯科が2014年2月 8日 16:23に書いたニュースです。

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