2. 食生活の変化で虫歯菌が勢力拡大

 一方、食生活の変化により、口腔内の細菌叢(さいきんそう:口腔内に居る細菌群)に変化が起こったことも分かりました。

 人類の食生活における大きな変化とは、約1万年前に農耕を開始したことで、炭水化物を豊富に摂取できるようになったことと、近代での産業革命により砂糖や小麦粉が簡便に入手できるようになったことです。

 ヨーロッパの古い人骨の歯石サンプルを解析した結果、こうした栄養摂取の変化により、口腔内の細菌の構成が、古代人のそれとは異なって、虫歯菌を多く含むものへと変化したことが分かりました。

 我々人類が現代の繁栄を築いた大きなきっかけである、農耕の開始と産業革命により、口の中の細菌叢が変化したのは大変興味深いことです。

3. 脅威の生体サンプルであった歯石

 歯の周囲に付着する石灰化した歯石は、体積は微量ながらも、その中には膨大な情報が含まれています。その特殊な状態が情報の保存には好都合だったのです。

 例えば、炭素と窒素の同位体の量を測定すれば、より正確な年代測定が可能なので、その当時の食生活を知ることができます。また歯石の中に本人の体細胞のDNA、口の中に存在していた真核生物、真性細菌、古細菌、ウイルス、それらのタンパク質までが豊富に含まれており、詳細な遺伝的情報として、当時の生活を知ることができる多くの情報をもたらしてくれます。歯石の分析は、今後さらに多くの事象の解明につながると期待されます。

 歯石が付着していた古代人の歯の周りの骨が吸収している(歯周病による骨の吸収により骨の部分的な欠損が生じている)ことにより彼ら古代人も歯周病になっていたことが分かります。

 石器時代の人類がどのように口の中を手入れしていたかは定かではありませんが、それほどきれいにはできなかったのではないかと思われます。また、抗生物質の存在しない古代では感染症は重症化した場合そのまま死に直結する可能性が高く、口腔からの感染症もかなり起きていたのではないかと推測することができます。つまり歯周病や親知らずが腫れて重症化し、死に至ることもあったのです。まさに古代人の悲劇です。

 現在人類は衛生状態の改善と薬の普及で古代人のような歯周病の恐怖からは解放されました。さらに、口の中を清潔に保つことで、太古から生き延びてきた歯周病菌のすみかをなくせる可能性もあります。

 これだけ道具が発達した時代です。歯ブラシ、歯間ブラシ、デンタルフロスなどあらゆるアドバンテージをフルに活用し、口の中を清潔に保っていただきたいと思います。


■参考文献
1) G. Richard Scotta et al. Stable carbon and nitrogen isotopes of human dental calculus: a potentially new non-destructive proxy for paleodietary analysis. Journal of Archaeological Science. 39-5, May 2012, 1388-1393 

2) Adler, C.J. et al. Sequencing ancient calcified dental plaque shows changes in oral microbiota with dietary shifts of the Neolithic and Industrial revolutions. Nat. Genet. 45, 450-455 (2013). 

3) Christina Warinner et al. Pathogens and host immunity in the ancient human oral cavity. Nat. Genet. 46, 336-346 (2014).