患者を生きる
2014年1月27日
右目だけ閉じられない
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出勤前、三面鏡をのぞき込み、まぶたに茶色のアイシャドーをのせた。でも、右目だけがギュッと閉じられない。
「昨日まではできたのに、変だな」。同僚に相談すると、「私だって、ウインクできないよ」と返された。ところが昼食で、右の歯ぐきとほおの間にご飯が詰まった。
2005年4月。大阪府の旅行会社に勤めていた大竹祥子(おおたけしょうこ)さん(35)は急に、顔の右半分が動かしづらくなった。
一人暮らしの部屋に帰宅し、インターネットで検索した。出てきたのは「顔面神経麻痺(まひ)」。顔の神経が傷つき、表情筋が動かなくなる病気のようだ。
休みの日に、実家がある三重県の病院の耳鼻咽喉(いんこう)科を受診した。「よくある『ベル麻痺』でしょう」。明らかな原因が分からず、突然顔が麻痺した場合、こう診断されることが多い。神経の炎症や腫れを鎮めるステロイド薬の点滴を受けた。
しかし、職場のある大阪の病院では、「すぐ入院して」と言われた。1週間入院し、ステロイド治療を受けることになった。会社を長く病欠したのは、これが初めてだった。
退院後、月に数回通院しながら仕事を続けた。だが次第に、右まぶたが引きつり始め、右の口角が日に日に垂れ下がった。上司も「まぶたがピクピクしてるよ」と心配そうだった。病院の医師に相談しても、「神経が回復しているんでしょう」と言われただけ。不安が募った。
夏に帰省したとき、両親に心配させまいと笑顔をつくった。でも、「全然良くなってないじゃない」と驚かれた。涙があふれた。すぐに父が知人の医師に相談し、名古屋大病院に「高圧酸素」で血流を良くして神経の修復を助ける治療があると教えてもらった。
8月8日、同病院の耳鼻咽喉科・中田誠一(なかたせいいち)さん(55)を受診。高圧酸素治療はもうやっていなかったが、腫れた神経を圧迫する骨を削る手術がある、と説明された。ただし、発症から時間が経っており、効果はあまり期待できないという。
「したいようにしなさい」という両親の後押しを受け、手術を決意した。「選択肢が一つでもあるなら、やってみよう」






都内に住む中島清さん(92)です。現在は普通の食事を楽しんでいますが、実は、1年前まで食べ物がうまく飲み込めず、体重も37キロまで落ちていました。
当時の日記には、食べられなくなった苦しさや不安な気持ちがつづられていました。中島さんは「食べようと思っても食べられないんだからこんな苦しいことはなく極端にいえば終わりかなと思った。このまま年齢的に見ても老衰になるのかと思った」と当時の様子を振り返ってくれました。
中島さんがかかりつけの医師の紹介で受診したのが、食べる力の回復を専門に行う日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニックでした。噛んだり飲み込んだりする力を徹底的に分析した結果は家族の予想とは違ったものでした。中島さんの場合、食べ物はうまくかみ砕かれ、なんとか飲み込むことはできていました。食べる力はまだ残っていたのです。
中島さんの場合、食べなくなってしまったことで栄養状態が悪化しそのために筋力が低下してますます食べられなくなった状態にはなっていたがと見られています。しかすクリニックでは本来の食べる力はまだまだ残っていたので十分な訓練や食べる量の指導をすることで回復は可能だと診断しました。そこで中島さんは声を出したりほおを膨らませて口やのどの筋力を鍛えたり、軽い腹筋など10分ほどの運動を1日3回続けました。こうすることで徐々に食べる力が戻ってきたのです。
その結果、1年で体重は7キロも回復。中島さんは「自分でかんで味わってのみ込める。それも箸を使って食べられることがやはり幸せだよね」と話していました。
クリニックでは1年あまり前に開院し、うまく食べることができなくなったおよそ2000人の食べる力の回復にあたってきました。
院長で歯科医師の菊谷武さんは「食べることは総合力です。私たちはご本人の食べたい意欲、家族の食べてもらいたい思い、それを最大限実現できるように支援することが仕事です」と話しています。
さらに、菊谷さんが力を入れていることがあります。それはクリニックに来られない在宅の患者の訪問診療です。この日は三富利雄さん(82)の元を訪れました。三富さんは1年前から、おなかの外から胃に管を通して栄養を送り込む「胃ろう」をしています。それでも、再び口からものを食べたいと願い続けていました。1人で介護している長男もその思いをなんとか実現したいと自己流で色々試してみたりしましたがうまくいかず、これぐらいならいいだろうと煮物などを食べてもらい、結果肺炎になってしまうなど危険なこともあったといいます。

まぐろを口にした三富さんは「もっと食べたい」と話していました。長男は「うれしいですね。やっぱり人間食べたいですよね。 父親は意欲的になり以前より顔つきも明るくなってきたと思います。胃ろうにした時は悩みましたがそこから基本的な栄養はとりながら、このように少しでも安全に食べることができれば、この状態を維持していきたいです」と話していました。




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