【佐藤陽】 「胃ろうにしない、という本人の選択を尊重したかったんです」。都内に住む父親(享年83)を昨年11月に看取(みと)った、逗子市の長女(49)は、そう振り返る。「胃ろうにしない」と決めて退院してから、8日後に穏やかに旅立った。
2003年に脳梗塞(こうそく)で倒れて以来、入退院を繰り返した。12年2月に都内の特別養護老人ホーム(特養)に入居したが、13年10月に誤嚥(ごえん)性肺炎で入院した。
肺炎の治療を終えると、主治医から告げられた。「もう口から摂取するのは難しいと思います。胃ろうにするかどうか、決めて頂けますか?」。母親(77)と長女は「胃ろうにしないと、あとどれぐらい(の命)ですか?」と尋ねた。「頑張れる方で、2週間ぐらいでしょうか」
母親と長女は、ベッドに横たわる父親に確認した。「お父さん、胃ろうの手術をする?」。黙って首を横に振った。「このままでいいの?」。うなずいた。通常の会話は厳しい状況だったが、判断能力はあった。
胃ろうにしなければ、父親との別れは早まってしまう......。でも2人は「10年間、よく頑張った。本人の意思を尊重しよう」という気持ちに傾いた。
それを長男(52)に伝えると、「胃ろうにしなかったら、終わりになるんだぞ」と言われた。母親は「やっぱり、やった方がいいよ」と長女に迫った。
母親は、枕元で本人に確認した。「本当にいいの? 『さよなら』いやだから、胃ろうつくろうよ」。だが、父親の意思は変わらなかった。母親の心は、揺れた。
長女の考えは、ほぼ一貫していた。03年に脳梗塞で倒れた際も、主治医から胃ろうをつくる話があった。だが拒否して、口から食べる訓練を続け、食べる喜びを取り戻していた。
「10年間、食べる楽しみだけで来た。その楽しみを奪って何年か生き続けることが、本人にとってどうなのか。父の尊厳を考えたときに、胃ろうにしない方がいい、と思ったんです」
胃ろうの提案があって、約1週間後。母親と長女は、主治医からこう言われた。「実は私と副主治医で、ご主人に改めて意思を確認したんです。やはり胃ろうにしない、というご本人の意思は固かったです」
これで母親は吹っ切れた。「胃ろうはつくらなくて結構です」。長男も理解してくれた。
今、長女は複雑な胸の内を明かす。「父の決断を尊重してあげられた喜びの一方、『これでよかったのかな』という思いもあります。でも、私がすべてを背負うしかない」