口腔粘膜上皮がもつ「温度を感知するチャネル」が、 口内の傷を早く治していた! ブックマーク(2015/1/8 nature japanjobs)

城戸瑞穂
九州大学大学院 歯学研究院 准教授

口腔内の粘膜は、飲食物による温度、酸、物理的な刺激を受けやすく、傷付きやすい。そのような口腔の傷は皮膚にできるものよりも早く治り、傷跡も残りにくいことが、経験的に知られているが、詳しいメカニズムはわかっていなかった。九州大学大学院 歯学研究院の城戸瑞穂 准教授らは、口腔粘膜上皮に発現している温度感受性チャネルが治癒に深く関わっていることを突き止めた。

野生型マウスとTRPV3欠損マウスとの、抜歯後の創傷治癒のちがい拡大する

私たちは食べ物の味を舌で敏感に感じ取る。味覚は甘味・苦味・塩味・酸味・うま味の5つに分けられ、刺激の受容部位や伝達などについての研究が進んでいる。一方で、温度、ひりひりする辛味、機械刺激といった刺激についてはよくわかっておらず、城戸准教授は、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンの受容体(TRPV1:transient receptor potential channel vanilliod 1)などの解析を進めてきた。

あるとき、温度や辛味などの感覚が、口腔粘膜に分布する神経だけでなく、粘膜表面を覆っている上皮組織とも関与しているのではないかと考えTRPV1の発現を調べてみることにしたという城戸准教授。「予想どおり、TRPV1は口腔粘膜に分布する神経に加えて、上皮細胞の一部にも強く発現していました。とくに強く発現していたのは、上顎の粘膜表面の上皮で、そこは神経も密に分布する部位でした。そこで、温度や辛味などの刺激を最初に受容するのは上皮なのではないかと思い至り、今回の研究をはじめることになったのです」と城戸准教授。

ヒトの体は口から肛門まで繋がった1本の管であり、外界との接触面はすべて上皮細胞で覆われている。皮膚、口腔粘膜から食道、肛門を覆うのは、何層もの扁平な細胞からなる比較的頑丈な重層扁平上皮細胞。重層扁平上皮細胞が、外界からの刺激が多く、化学的あるいは機械的な力が加わりやすい部位を守っていると考えられている。

今回、城戸准教授らは、TRPチャネルファミリーのうち、皮膚の上皮細胞などに発現し、温度感受性のチャネルとして知られるTRPV3に着目した。TRPV3 は温かい温度で活性化されることが知られている。「TRPV3は食道や腸に発現していることもわかっていました。温かい飲み物や食べ物などは最初に口腔粘膜上皮に触れることから、口腔粘膜上皮にも発現し、口の中の温度感知に寄与しているのではないかと考えたのです」と城戸准教授。

まず、TRPV3を欠損した遺伝子改変マウスから口腔粘膜上皮細胞を単離。野生型マウスからも同様に単離し、両者に温度刺激を与えてみたところ、野生マウスでのみTRPV3が活性化されたという。予想どおり、TRPV3は口腔粘膜上皮細胞にも発現し、温度刺激を受容していたのである。

次に、マウスの上顎の臼歯を抜歯し、傷の治りの早さをくらべてみた。「野生型マウスでは抜歯後3日目から傷の治りが顕著になり、7日目にはほぼ完治するのですが、TRPV3欠損マウスは治りが悪く、7日目にも傷が残っていました」と城戸准教授。さらに、TRPV3欠損マウスでは、野生型マウスに比べて、口腔上皮の増殖が劣っていたという。

城戸准教授らは、TRPV3が活性化されると上皮細胞に発現しているEGFR(上皮成長因子受容体)が活性化され、その結果として上皮細胞が増殖して創傷治癒が早まると考えている。創傷治癒反応の引き金としては「細胞外のカルシウム濃度の急上昇」が知られているが、TRPV3の活性化によるカルシウム流入がどの程度EGFR活性化に寄与するのかについては、まだよくわかっていない。

まとめると、今回は以下の3点が明らかとなった。「口腔の上皮細胞がTRPV3を介して温度を感じて活性化していること」、「口腔上皮細胞は温度などの環境変化に合わせて、自身の増殖などを行うこと」、「TRPV3の活性化が創傷治癒を早めること」である。さらに城戸准教授は「口腔内では皮膚よりも多くのTRPV3が発現していることも明らかにできました。口腔内は皮膚表面よりも温度が高くTRPV3が活性化されやすいので、上皮細胞の増殖が早く、傷ができても治りやすいのでしょう」とコメントする。

一連の成果は、TRPV3の制御を開発に応用することで、抗がん剤治療や糖尿病の合併症などによる難治性口内炎や抜歯後の粘膜治癒不全を改善できると期待できる。「同様のアプローチは皮膚に対しても応用できるかもしれません。寝たきりの方の褥瘡、火傷、手術創などの被覆剤にTRPV3の活性化剤を加えるといったことも可能だと思います」。そう話す城戸准教授は、引き続き、口腔の感覚や上皮機能の解明を進めたいと意欲を燃やす。


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このページは、Uクリニック竹内歯科が2015年1月 9日 18:34に書いたニュースです。

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